五井先生の祈りを実践する会
HOME元海先生のお話>講話集


 五井先生の称名



 





  

  世界平和の祈りの秘訣とは



 現今の社会が抱える様々な問題を超えるためには、まず第一に、人間とは如何なる者か、この世に生きる目的は一体何なのか、という根本のことを知る必要がありますね。五井先生はこのことについて、「人間は神の分霊(わけみたま)であり、地球世界に神の理念を現すという目的のために生きている」と仰ってこられたわけです。
人間というものは、表面に出ている姿がその人の本質ではないんですよ。その内に完全なる、神と等しき本心(神我)という真の自己が存在するんですね。本心を見出し、本心そのままの働きが出来た人を、仏、菩薩、聖者、神人と呼ぶわけです。

五井先生が提唱された「世界平和の祈り」は、「世界人類が平和でありますように」と唱えた瞬間から、その人の想い(表面意識)が奥なる本心に直結したということになるという、実に易しい、本心に目覚めるという道なんですね。昔の自力の行法(禅、修験道、ヨガ行)による本心を掴む方法は、よほどの資質のある特別な人でないと体覚できなかったわけですから、「世界平和の祈り」の道ほど、ありがたいことはないんですね。

この他力易行道を実践していく上での秘訣のようなものはないか、という質問が、先日、編集部に来ていたんです。そのことについて、私の38年間の体験を通して、少し話してみたいと思います。

五井先生が説かれたのは、守護霊、守護神様に常に感謝をすること、全ての想いを消えてゆく姿として「世界平和の祈り」に戻して、改めて神様から力を頂き直すという点にありますね。初めのうちは、「世界平和の祈り」を祈っている自分が、迷ったり悲しんだりしている想念を自分のように思えて、深い確信に至りにくいんですね。

これを超えるには、「五井先生」という称名をまず唱えることを優先させることですね。私の25歳からの様々な霊的な体験を通しても、五井先生を呼ぶところには必ず、大神様の人類救済の光の御働きが為されるんです。これは否定できない、厳然たる事実なんですね。

言葉では上手く表現しにくいのですが、慈愛に満ちた霊妙極まりない光と言ったら良いでしょうか。妙々不可思議なる霊光が流れてくるというか、包み込まれるんですね。その中に想いが入る密度が高まるにつれ、現れてくる想念波動を消えてゆく姿として、「世界平和の祈り」の中に瞬時にお返しすることが出来やすくなってくるんです。同時に、無理なく守護霊、守護神様を思えるようになり、自己の運命に対して、必ず天命は完うされるという強い信念が内から湧き上がってくるんです。

「世界平和の祈り」の神髄は、法然上人が念仏の極意を信徒の人に聞かれた時、必ず答えたという、「ただ念仏申すなり」という素直、純朴さにあるのですが、中々そうはいかないですよね。そこで、表面上にどのような想いが去来していようと関係なく、「世界平和の祈り」の最大の成果を上げる方法が、「五井先生」という響きの中に、霊光の中に入ってしまうことなんです。これは、実行されれば誰でも実感していくことですから、実践していただきたいと思います。



     五井先生とは
 
 
 それと、「五井先生とは一体何者なのか」という質問もありましたが、差し支えのない範囲で答えておきたいと思います。五井先生とは、大宇宙に偏満する救済の大光明なのです。遍満しておられるわけですから、誰がどこで、いつお呼びしても、又、同時に多くの人がお呼びしても、そのお働きが為されるのです。同時に同じ神様の働きが現れるということは、肉体頭脳では分かりにくいかも知れませんが、太陽が等しく全ての人々に光を降り注いでいるということと同じだと思ってください。五井先生の現れは、霊身の姿となって、あるいは霊光として、慈愛そのものの響きとして、その人を守ってくださるんです。
私は25歳の折、五井先生に、「五井先生と呼べば本当に来てくださるんですね」と問いかけたことがあります。その時、先生は即座に、「必ず行くよ」と答えて下さったのですが、このことを私は、38年間に渡って体感してきているんですね。
ですから、御帰神されてから五井先生を知られた人であっても、そういうこととは全く関係なく、五井先生という神様はその人を大慈光で包んで下さるんです。私はこのことを、はっきりと断言できます。ですから、信を深くもって「世界平和の祈り」の道を歩んでいただきたいと思います。



     人事を尽くすということ
 
 
 五井先生は御著書の中で、「普通の一般人が出来るお任せ(全託)とは、天命を信じて人事を尽くすこと」という風に説かれていますよね。この人事を尽くすということは、分かったようでいて、真実そう成り得ているかというと、「私はそうしている」と断言できる人は、そうはいないのではないかと思います。

一般に言う人事を尽くす生き方というのは、どんな人であっても、どこかに力みが伴いますよね。ところが、全ての想いを消えてゆく姿として「世界平和の祈り」から動き出す人にとっては、自分が努力をしているという感じがなくなり、奥から自然(ひとりで)に動かされていくという状態になってくるんですね。

自己に与えられた職務に対して全力投球するというのは、宗教以前の一般常識ですから、これは人間として生まれた限り、誰もがやっていかなければならないことで、皆さん、当然実行しておられることと思います。ここで言う「天命を信じて人事を尽くす」というのは、一般に言うところの努力をするということを超えて、自己は神より来る生命であるから、内に無限の力が秘められている、ということを固く信じ、その力を限りなく顕現していこうという生き方なんですね。

こう話しますと、何か大層に思う人がいるかも知れませんが、「消えてゆく姿で世界平和の祈り」守護霊、守護神様に素直に感謝し、自己の天命が完うされることを固く信じること―その根本に「五井先生ありがとうございます」が入っていれば、自然な形で、守護霊、守護神様のみ心によって努力をさせていただけるんです。守護の神霊、そして五井先生は、必ずその人の天命を完うさせて下さるんです。完うさせずにはおかない、絶対力なんですね。どうぞ確信を深めて、「世界平和の祈り」の道を深めていっていただきたいと思います。
                                 

                                (略あり)


 
                          (風韻誌2006年8月号掲載)

                              

戻る