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生命 S・E 床の間に生けた二輪の大きな菊の花が、二ヶ月近く経った今も、まだ元気に咲いています。葉の部分は乾燥して黄色っぽくなっていますが、無数の小さな花弁はまだしっかりとついていて、下の方から新しい葉も出てきて、茎の先端から根が伸び始めました。数年前、あるメンバーの方が、コスモス会の祈りの行事でもらって帰った一輪のピンクのバラを、花が散った後も捨てることが出来ずに飾っていたら、茎の先から根が出てきたので自宅の花壇に地植えしたところ、それから毎年、小さなピンク色の花をつけてくれると話されていたことを思い出し、心が温かくなりました。 植物に宿る生命・・・・・・。無色透明で目には見えないけれども、確かに今ここに菊の花を生かしています。やがて色褪せ、形がすっかりなくなったとしても、生命は永遠に消えることはない・・・・・・。そして私も、横に寝そべっている犬も、みんな生命の力によって生かされているのだと思うと、とても素直な気持ちになってきます。 元海先生は『いのちについて』という短い真理のお話のテープの中で、 「生命というのは完全無欠なる霊妙極まりない光の働きなんですね。そしてその生命の根源は、大宇宙を動かしている絶対者・・・・・・『大生命』なんです。万物万人を生み出した存在ですね。 人間の実体は生命そのもので、生命である私が今、物質世界で働くために肉体という物質体を纏っている、というふうに考えればいいと思います。 やがてこの生命体が、肉体という衣を脱いで他界に移行していくわけですよね。生命である自己が死するということはありません。この大宇宙のどこを見ましても死せる部分はない。大生命が活気凛々と、あらゆる万物となって現れているんです。ただ、その中に変化の法則があります。例えば植物にしても、春に新しい芽が出て、晩秋になり冬が近くなってくると葉っぱが落ちて大地に帰ります。これも変化ですね。けれども、それは死ではないんですね。 そのように人間というものも、形の世界に何十年か存在し、やがてはこの肉体世界という物質波動の世界を離れますけれども、死するということはありません。やがてこういうことは、科学的にも数式で明らかになる時代がくるでしょうけれども、それまではその根本真理を信じること。そのことを深く認めることによって、内なる生命の働きが限りなく肉体を通して活気凛々と現れてくるのです」 と、お話し下さいました。 自分は永遠に生き通す、光り輝く生命体である、というみ教えに触れることが出来たことで、私自身もまた、これからの人生に対する見方が大きく変わり、肉体の世界を旅立ったあとの人生ということを視野に入れるようになりました。そしてまた、本当の自分を知ることによって、如何に生きるかを正しく知ることが出来るのではないか、というふうに感じています。 五井先生がご講話の中で「死んだらどうしようなんて言ったって、死にっこないんです、人間ってものは」と、さらりとお話し下さっていましたが、そのお話の響きが今も心の奥底にどっしりと鎮まっています。「真の自己とは何か。人間の生きる目的は何か。真実を見つける旅をするために人間はこの世に誕生しているのです」と伺いましたが、「世界平和の祈り」をお祈りする私たちは、旅の目的地へと真っ直ぐに続いている、最も安全な近道を歩ませて頂いているのです。 ・・・・・・・植物を栽培する時にモーツァルトの音楽を聞かせると、すくすく生育するそうです。モーツァルトの音楽を通して響いてくる本源の響きと花の生命が溶け合って、虹色の光線が幾重にも交差しているような、えも言われぬ美しい光景が目に浮かんできます。ましてこの菊の花は、随分長い間、五井先生のお軸写真の横に生けられ、祈りの響きの中に収まっているのですから、まだしばらくは花をつけたまま、私に大事なメッセージを送り続けてくれることと思います。 今日からまた、専業主婦という極めて平凡な日常の中で、身近な生命を見つめ真実のことがらを一つ一つ大事に確かめながら、「世界平和の祈り」を積み重ねて一歩一歩深遠なる真理の中へ戻っていきたいと思っています。 (風韻誌2006年 4月号掲載) |
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