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 宗教・宗派を超えて  
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  宗教の対立を超えて


現在、世界中のあらゆるところで、イスラム教とキリスト教の対立、ユダヤ教とイスラム教の対立等、様々な宗教対立が原因で紛争やテロが起きています。また、イスラム教であれば、シーア派とスンニ派というように、同じ宗教の中の宗派間の対立というのも根深いものがあります。キリスト教でも、一昔前は、プロテスタントとカトリックの人同士は中々結婚できなかった、というようなことをドイツのコスモス会員の方から聞きました。戦争までいかなかったとしても、お互いに争い対立する想いがあるということは、それだけで世界の平和を乱していることには違いはありません。
「宗教信仰というものは非常に根深いものですから、自分がこれでなきゃならない、と思いますと、どうしても相容れないんですよね。二派に分かれ三派に分かれ、四つ五つと分かれていますと、かえって宗教があるために世の中が乱れてしまうわけなんですよね」と、先生はお話(昭和43年のご講話テープ)の中で仰っておられます。
平和を語る熱心な宗教信仰者に対して、特に信仰心を持たない人が、「宗教さえなくなれば、世界は平和になるよ」と揶揄することがありますが、これまでの人類の歴史を振り返ってみると、なるほど、そう言われても仕方のない程、宗教が多くの争いを引き起こしてしまっているのです。そういった宗教・宗派の対立、違いを超えて、みんなが心を一つにして、世界平和を創り上げてゆかねばならない時期に、今はきています。



  忘己利他は慈悲の極みなり


この(昭和43年の五井先生の)ご講話の中で、自分達だけが本当の宗教で他のものはみんな邪教だと思っていたカトリックでも、最近は法王が、他宗教の人たちのところへ行って、本当に平和を創るためにみんなで手をつなごうと横のつながりを求めている、というお話が出ています。これを聞いて思い出したのが、この前亡くなられた、ローマ法王ヨハネ・パウロ二世が初来日した時、日本の仏教・神道などの各宗教の代表者との懇談会で話した次のような言葉です。
「今から千二百年ほど前に現れた偉大なる日本の宗教者、伝教大師最澄は、己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり(自分を忘れ、他者のためにその人が幸福になるよう尽くすのは、慈悲心の最高のものだ)、と言っておられる。これこそが、世界宗教の一番大切な理念であり、宗教行為であるから、世界中の宗教者がこれを用いようではありませんか。」
忘己利他は慈悲の極みなり―平安初期の僧であり、日本天台宗の開祖の伝教大師最澄が、「山家学生式」という文章の中で語っている言葉です。
本当に真理を行じた人の言葉は、宗教・宗派を超えて人の心を打つ、普遍的なものを持っています。神さまの御心は、常に世界中の宗教者を調和させようとして働いておられると思うのですが、そのために、法王のような宗教界に大きな影響力がある人を通して、このようなことを言わせるのだと思いました。
五井先生の仰っているように、神の御心を実行することが宗教の一番の根本であり、どの宗教が正しいとかいうことではなくて、どのような行為が神さまの御心に適った行為なのか、ということが本当に大事なことだと思います。
 
「己が幸 願う想いも 朝夕の 世界平和の 祈(の)り言の中」という五井先生のお歌があります。
私達が、病気を治して欲しいとか、家内安全商売繁盛のような、個人の幸福を願う思いを、全て「世界人類が平和でありますように」の、神さまの大きな御心の中にお返しして、日々の生活をしていることは、知らず知らず「己を忘れて他を利する」最高の生き方をさせていただいているのだと思います。「世界平和の祈りを祈ることこそ、慈悲心の最高のものだ」ということを、私達は多くの人たちに伝えていきたいものです。
 


  誰でもできる世界平和の祈り


9月に開催したドイツギャラリーで、一般の来場者の中に、「会場のパネルにあった、『宗教宗派や民族の違いを超えて、一緒にお祈りしましょう』という言葉が心に深く染みた、こういうすばらしいお祈りを多くの人に知らせたい」と言って下さった方達がいらっしゃいました。そういった方達は、きっとたくさんいらっしゃると思うのです。
「私はキリスト教徒だけども、宗教・宗派を超えて、世界平和を祈ることは本当に大事だと思うから、世界平和の祈りを祈りたい」「自分は天理教だけど、全ての人が調和するように、世界平和を祈ることは天理教祖のみ心にも合う祈りだから、私もこの祈りを祈らせていただきましょう」という風に、様々な宗教信仰を持った人たち、或いは宗教団体に属している人たちが、この「世界平和の祈り」を祈っていただくようになれば、どんなに素晴らしいことでしょうか。
世界平和の祈りの道は、浅きより深きに入る道だと思います。難しいことは何もないから、学校や仕事に行く道すがらでも、洗濯物を干しているときでも、ふと思い出したときでも良いから、「世界人類が平和でありますように」と気軽にお祈りしていただきたいと思います。
この「世界平和の祈り」は、仏教の人にも、神道の人にも、キリスト教の人にも祈れます。そして、世界中を飛び回って人道的な活動や福祉活動をしなくても、会社員であっても、主婦であっても、学生であっても、自分の置かれた環境の中で世界平和に大きく貢献することができます。祈りによる世界平和運動は、あらゆる宗教・宗派の人たち、あらゆる国や人種の人たちの心を「世界人類よ平和であれ」という大神様の御心に帰一させる運動だと思います。一人でも多くの方に、この素晴らしいお祈りを祈っていただきたいと思います。


  参考文献:週刊朝日百科 仏教を歩く30
          近代の仏教者たち 朝日新聞社


                                (略あり)


                         (風韻誌2005年 12月号掲載)


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